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【無為自然(むいしぜん)】
無為自然(むいしぜん)
どんな存在でも、自然のままにいれば、ただそれだけでいい。
わざとらしいことをせず、自然に振る舞えばいい
どんな存在でも、自然のままにいれば、ただそれだけでいい。
プロフィールページでもご紹介しましたが、私のHN「むい」は老子の言葉「無為自然」からいただきました。
精神科医である野村総一郎先生の著書「人生には、上下も勝ち負けもありません」で知った言葉です。
老子に言わせれば、世の中のある物事についていちいち「良い、悪い」「偉い、偉くない」「すごい、すごくない」とジャッジすること自体がおかしい。
人生には、上下も勝ち負けもありません
どんな存在でも、自然のままにいれば、ただそれだけでいい
わざとらしいことをせず、自然に振る舞え、ということなのです。
今は特に、SNSの普及で世界中の人と簡単に「比べる」ことができるようになってしまったがために、心を病む人が多いと言います。
毒親育ちのアダルトチルドレンは幼いころ自分を守ために「自然に振る舞うこと」ができなかった人たちであると言えます。
小さい頃から子どもらしくいられず、親やの周囲の顔色をうかがって「わざとらしい」ことをしてきた存在です。
そうしなければ生きてこられなかった、頑張ってきた自分を認めて、褒めてあげたいね
毒親育ちは幼い頃から「ジャッジせざるを得なかった」
思い込みをやめる「ジャッジフリー」の考え方
人生には、上下も勝ち負けもありません
悩みや不安の根本的な原因は、どこにあるのでしょう?
大きな理由の一つは「いつも他人と比べてしまっている」というところにある、と私は考えています。
「他人と自分」という関係に悩み、過去に苦しめられているのです。
幼い頃から機能不全家族の中に育ち、搾取子で、自分でジャッジして「良い子でいる」ことを求められてきました。
だから何が正しいのか、何を求められているのかを考え、自分を守るためのジャッジをずっと迫られながら生きてきたのです。
だけど、これからも続けるかどうかは自分次第なんですよね
今でも「ジャッジして行動している」という事実に気づく
数えればキリがないほど、世の中は「ジャッジ」にあふれています。
人生には、上下も勝ち負けもありません
精神科のクリニックも、こうした「ジャッジ」に苦しんでいる人がたくさん訪れます。
そんなとき私は患者さんたちに「自分で勝手に優劣をつけてしまっているだけではありませんか?」と問いかけ、
「その行為をしている事実」を理解してもらうよう努めます。
(中略)
ストレスのない生活を「ストレスフリー」なんていうでしょう。そのストレスを生み出している原因の一つが「ジャッジ」にあります。
ですからストレスフリーを目指すなら、まずジャッジフリー」から始めてみてほしいのです。
「比較しないとラクになる」って何度も読んだことがあるけれど、
それができないから苦労してるんじゃーーーーい!!
と、いつも思っていました。
だけどこの本の言葉はとてもやさしくて
- まずは「ジャッジしている」ことを意識してみる
私は罪悪感が強くてすぐに落ち込んでしまうのですが、ジャッジしてまった自分を責めるのではなく
あ、今ジャッジしちゃったな
って意識してみるところからで良いんです。
「ジャッジしてしまったこと」を良い、悪いとジャッジする必要はない。
まだ始めたばかりだけど、「ジャッジフリー」な生き方をして「無為自然」な境地を目指せたらなぁ…と思います。